Life goes on

「何で洋服を作るんだろう。」
時に立ち止まって考える時がある。作り始めた当初は夢中だった。次から次へとアイデアがあって、ご飯を食べていても、寝ていても突然思い立って興奮状態でスケッチを始めたこともあった。だけど、何年もの間にその意識は少し変わってきてしまった。自身が歳をとったせいもあるだろう。市場が変わってきたせいもあると思う。自分も変わっていくべきなのか、変われるのか。
そんな時に思い出した人がいる。

Lat Naylor ラット・ネイラーの事。
僕のキャリアの中でも特に思い入れのあるブランドの一つに、サンフランシスコのデザイナーブランドThink Tank というのがあった。ラットは、そのデザイナーだった。ミニマルなデザイン、上質な素材、ヴィンテージへの造詣、そのどれもが僕のツボで、一気にハマってしまい、89年にSFのお店、MACのベンに紹介してもらってからは、その後数年に渡って日本のお店で取り扱いさせてもらい、僕自身一時期SFに引っ越したせいもあり、仕事もプライベートも含めていろいろと付き合いができた。90年代後半にはNYメンズファッションウィークにも参加して、何度かランウェイショウも実施している。その彼が突然、98年秋冬をもってブランドをクローズすると発表したのには正直、驚いた。Think Tank ブランドの将来はこらからだと思っていた矢先だったから。

その当時より、今の方があの時の気持ちがわかる気がする。
彼は洋服のデザイナー以前にアーティストで、彼のアパートにも結構な大きさの彫刻や、ペインティングがそこらじゅうにあった。80年代後半にロンドンのメーカー、Workers for Freedom の元で影響を受け、SFで起業して10年、インタビュー記事の彼のコメントからは痛烈な感情が読み取れた。インディペンデントの洋服メーカーとして現代のファッション業界を生き抜くのは容易な事ではない。廻りを見てもずっと資金的な援助を受けずに長続きしているブランド、メーカーは多くはない。彼の場合は特に、SFをベースに自分の工場を維持しながら10年間ずっと頑張ってきたはずが、気がつくと当初の予想とは程遠い資金環境に愕然とし、知らずに納期に追われて人間的なゆとりを奪われていた。そして、何が今、本当に自分のために必要なのかを思い出した。それ以外にもいくつかの要素はあったと思うし、それは僕も個人的に知ってる事なので、ここには書かないけれど、とにかく彼は決心した。あれから10数年。

ずっと気にはなっていた。
なっていはいたけれど、90年代の後半は僕自身にとってもターニングポイントだったし、それ以来ずっと今まで走り続けてきた。走り始めた頃とは時代が変わり、自分の欲しいと思う洋服が何も見つける事ができずに不満だらけだった業界は、どちらかというと今は逆転していて、はためにも結構良いなと思うものがそこらじゅうにある。そんな状況の中で、果たして自分がまだ洋服を作り続ける意味がそこにあるのかどうか。その時にふと思い出したのがラットの事だった。

今は良いのか悪いのか、便利な時代になった。かつての人の今を見つけるのはそんなに難しくない。ラットは、生まれ故郷のボルチモアに戻っていたようだ。もともとアーティストであった彼は、そのアートに全力を注いでいたようで今では地元を中心に広く知られている。そして彫刻が好きだった彼の真骨頂というか、古いビルのリノベーションプロジェクトでもかなりの評価を得ているようだ。

彼の今を知ることができて良かった。
彼のアート作品の中には、昔の作風から思い起こされるものもいくつかあった。長い間も作りたいもの作る必要のあるものは変わらなかった。僕のケースで言えば、ずっと洋服を作りたかった自分がいて、いつのまにか洋服を買い付ける事が好きになり、外側からずっと洋服を作る人を見てきた。そしてチャンスがあって、ラッキーにもここにいる。今やってることは元々自分が夢望んでいた事だったはずだ。人生にはミッドライフクライシスというのがあるそうだ。いや、僕にもいくつかそれらしきものがあった。そして気がつく時が、気がつくものがあった。今回、ラットの生き方を知って、なんだか百倍勇気づけられた。忘れていたものを見つけられた気がする。突然でびっくりされそうだが、機会をみて彼にメールでもしてみるかな。覚えててくれてれば良いんだが。

それではまた次回。

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DAIKI SUZUKI 鈴木 大器

DAIKI SUZUKI 鈴木 大器

NEPENTHES AMERICA INC.代表「ENGINEERED GARMENTS」デザイナー。1962年生まれ。89年渡米、ボストン-NY-サンフランシスコを経て、97年より再びNYにオフィスを構える。08年CFDAベストニューメンズウェアデザイナー賞受賞。日本人初のCFDA正式メンバーとしてエントリーされている。