Foujita

今、日本人のアーティスト、藤田嗣治にハマっています。
パリでの展示会後、1日だけ時間があったので、本当はマルジェラのエルメス展を見ようと思っていました。しかし月曜は、その催事が休みで他に何かと思ってみつけたのが、マイヨール美術館での「藤田嗣治展」。藤田嗣治の名前は以前から知っていたけれど、あの特徴的なオカッパに丸メガネ、ちょび髭の風貌以外に何も知らなかった。あまり積極的ではなく見に行ったのだけど、これがちょっと不思議だった。他が休みのせいか、結構な人が入っていて、当然ながらフランス人が圧倒的。何も知らなかった僕は彼の大判の写真や、展示作品の合間にあるビデオから、当時の彼と彼の生活を見て、愕然となってしまった。なんか、どこで刷り込まれたのか、藤田嗣治のイメージは20世紀初頭、大金持ちの息子が金にまかせて渡仏して、お金を湯水のごとくつかって現地の社交界に取り入り、当時の天才アーティスト達に近づいて名を成したような、馬鹿げたイメージがあった。日本でも何故か特に有名な扱いはされてなかったと思う。当初は彼自身が画家で、彫刻家だということも知らなかったくらいだ。

パリの展示を見て、実際の彼の作品を見て驚いて、実写のビデオの中にある彼の日常を見て驚き、その解説を求めても、その展示のほぼ全てがフランス語のみで、かなりイラついた。彼の作品が好きだったし、当時の実写テープの彼は、無茶苦茶カッコ良かったのだから。NY戻ってきたからも気になって、色々と調べてみると、僕のどこかで刷り込まれた彼のイメージとは正反対の事実が見えてきた。確かに裕福な家に育ってはいたらしいが、パリでは極貧生活だったらしい、モジリアーニや、スーティンらとはその貧困時代に出会い、ピカソに評価され、パリで成功する。当時の写真や実写動画に見る彼の風貌、服装は非常にトリッキーではあるけど、現在見ても、確かに洒落ている。カッコ良いと思う。日本とフランス、二つの戦争、そして日本画壇との確執、絶望。歴史に翻弄された彼の人生は壮絶だ。最期はまたパリに戻り、フランスに帰化して人生を閉じる。彼の言葉である、私が日本を捨てたのではない、日本が私を捨てたのだ。は胸に刺さる。「世界に日本人として生きたいと願う、それは世界人として日本に生きることでもある。」彼の望みはかなったのか、かなわなかったのか。

今までピンポイントで見ていた海外で活躍したアーティストを、藤田嗣治をきっかけにまた違った観点で考えられるようになった。黒田清輝に始まる日本の洋画壇、森鴎外、モジリアニ、スーティン、ピカソ、コクトー、さらに岡本太郎、そしてディエゴ、白州正子、こんなに絡まるような人の繋がりと作品を考えたことが無かった。久々にハマってしまい、手当たり次第に文献に当たっています。またこのタイミングで、今月31日から、東京都美術館で、「没後50年、藤田嗣治展」が始まります。僕が展示会で東京行くタイミングなので、スケジュールはタイトですが、絶対に観に行こうと考えているところです。 ところで、ずっと当時の彼の写真や、フィルムを見ていると、何となく誰かに似てるかもしれないと思ったのが、昭和天皇、そしてもう一人。見た目ではないけど、何かその生き方や、考え方に共通する部分が見えなくもないのが興味深い。

ではまた次回。

https://www.tobikan.jp/exhibition/2018_foujita.html

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DAIKI SUZUKI 鈴木 大器

DAIKI SUZUKI 鈴木 大器

NEPENTHES AMERICA INC.代表「ENGINEERED GARMENTS」デザイナー。1962年生まれ。89年渡米、ボストン-NY-サンフランシスコを経て、97年より再びNYにオフィスを構える。08年CFDAベストニューメンズウェアデザイナー賞受賞。日本人初のCFDA正式メンバーとしてエントリーされている。