BMX

二十代半ばの頃、スノーボードに夢中で、雪がない時期は結構なフラストレーションを溜めていた。そんな時、渋谷公園通りの坂の上からBMXで走ってきたヤツが、パルコの角からバックドロップの前に曲がる信号のちょっとしたギャップを使って3mくらいすっ飛んで行くのを見た。高さも結構あって、そのかっこよさに思わず声が出た。それがきっかけで、雪がない時にはこれだとBMXを手に入れた。当時はスクールなども無かったし、そもそもスケートやBMXは学校で学ぶような代物じゃないとも思ってて、自分でビデオを見ながらなんとなく練習していた。まだ何もできない状態のある日、何しろランプを体験してみようと、駒沢公園に行ってみた。駒沢公園は当時からその辺のカルチャーにオープンで、誰でも使えるように開放していた。一番小さなランプの片側がジャンプ台のように置かれていて、まずはそれにゆっくりと登っては降りてを繰り返した。だんだん慣れてきて、少し飛べるかなとスピードを上げた。見よう見まねで調子に乗った瞬間、キーンと金属音がして、血の匂いがした。バランスを崩して顔面から落ちたのだった。

若くもなかったけれど、若さは馬鹿さ、ヘルメットやパットも着用していなかった。救急車に乗せられ、駒沢第二病院に向かう途中で意識がなくなった。その日は、清水さんの引越しを手伝うはずだった。駐車場に停めておいた車や、現場に置きっぱなしの自転車をどうしたのか、今では忘れてしまった。目が覚めてからは、痛いわ、気持ち悪いわ、首は動かないわ、ひどい顔だわで散々だったことだけよく覚えている。二週間入院して、退院後もトラウマでしばらくママチャリにさえ乗れなかった。20年ぶりくらいに、そんなことを思い出した。DMX登場。

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TOKURO AOYAGI 青柳 徳郎

NEPENTHES ディレクター。1970年生まれ。東京都出身。