#32

大学生の頃は国分寺に住んでいた。

鹿児島から上京して初めて住んだ街。
音楽やって酒のんで、バイトはすべて面接で落とされて。
バンドマンに優しい定食屋さんで皿洗って日払いもらって遊んでた。
授業は二日酔いで間に合わない。お金がないから栄養失調にもなった。
それはそれはひどい学生生活だったけど
中央線独特のレイドバックと文系な空気の中で生活をして
自分にはそれがすべてだった。

国分寺は、東京と言っても東京都下。
いつもの場所は高円寺と吉祥寺、西荻窪。
雑誌で読んできた原宿という街は
ずいぶんと遠い世界だった。

それでもがんばって目指したお店があった。

「ダウンオンザコーナー」。

ゴローズを横目にローソンの角を曲がって
プロペラを通り過ぎてT字路になった突き当たり手前の左側、地下にあったお店。

当時インディアンに本気でなりたかった(笑)自分には
そのお店にあるすべてが楽しくて新しい世界だった。
緊張と動揺を悟られないようにお店に入り
お店の隅々まで眺めてまわった。
販売員さんとも当然会話を交わせることもなく
背中に汗かいて、電車乗り継いで国分寺にかえってた。

その日もまた原宿のダウンオンザコーナーへ遠征。
そうだ、原宿に行くことを「遠征」って言ってた。

階段を降りると、なんか様子が違う。
ペット用品とかヒョウ柄のぬいぐるみとか
ブランドの委託みたいなのが置いてる。。。
サボテンも、ギターもタイダイもヘンプも
あの大好きなグラフィックもどこにもない。。

背中に汗びっしょりかきながら
そーっと店を後にした。
ダウンオンザコーナーはある日突然なくなった。

あれから16年。
僕はいま、中目黒に住んでいる。
街の真ん中を流れる目黒川には桜の木が並んでいて
渋谷も代官山も恵比寿もチャリンコ圏内。
それなのにここはいい感じで取り残されたように
マイペースな空気が色濃く流れている。
みんなの歩くスピードも気持ちゆっくりで
最近は太陽の光と抜ける風がとても気持ちいい。

そんな目黒川のほとりに15年あるお店「バンブーシュート」で
1日限り「ダウンオンザコーナー」のロゴが復活すると聞いた。

僕はグッドウェアの白のポケットTEEを買って
あのサボテンのロゴをシルクスクリーンで刷ってもらうことにした。

「遠征」してた原宿も渋谷も代官山も恵比寿もほど近いこの街で
質はちょっと違えどレイドバックつながりなこの街で
もう一度大好きなダウンオンザコーナーのロゴに出会えた。

デザイナーのYAKさんは「THE DAY」にも出演してくれて。
こうして話ができるなんて思ってもいなかった。

あの頃のクズみたいな生活してた(笑)自分に教えてあげたいよ。

ちょっと大げさだけど
生きてることがうれしくなった春の1日。

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A.D.O 亜童

A.D.O 亜童

フリーランスの編集者、ライター、ディレクターとして雑誌やWEB、広告、映像のディレクションをつとめる。昨年、自身のクリエイティブ・カンパニー「E inc.」を設立。新たなコミュニケーションを模索中。人生一度きり、の思いを掲げ、自らのお尻を叩きながら前へ前へ。鹿児島出身、目黒区在住。
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Instagram :@adoman1978