その本をいただいたのはとある撮影現場でのことだった。
お世話になっている芸能事務所の社長(とてもお洒落で素敵な方)から読んでみてと渡されたのだった。撮影現場というのは待ち時間が沢山ある場合があって、その日もちょうどそんな時間をふわふわ過ごしていた私はさっそくぱらりぱらりと読み始めたのだが、すぐに入り込んでしまった。
「カメオのピアスと桜えび」というタイトルのついたその本は有田雅子さんと文筆家の清野恵理子さんが海を越えて交わしてきたメールのやりとり、いわゆる往復書簡を本にまとめたものだ。雅子さんは旧姓小磯雅子さんと言ってスタイリストとして活躍されていた方で、写真家の有田泰而さんの奥様でもある。有田さんが亡くなってから雅子さんと清野さんの往復書簡は始まる。夫妻で移り住んだカルフォルニアの森に今も雅子さんは暮らしていてそんな雅子さんへ清野さんはごぼうの佃煮やいかのしおからなど森の暮らしでは手に入りにくい品々を送り、雅子さんは自身では使わなくなった上等なバッグやアクセサリーを清野さんへ送る。そんなやりとりが書かれているのだがそれには大変学ぶところが多い。なるほど、あそこの佃煮が美味しいのかとか、あそこの靴はやっぱり素敵なのだなとか。高い美意識を持つ二人だからこその事柄がつまっている。二人の書く文も互いを思いやる温かさにあふれていて大人の女性の品の良さは勿論あるのに少女のように無邪気で、また楽しげでもあり、自分が大切な誰かに手紙やメールを送る時のお手本にしたいと思った。
そしてもう一つ、有田泰而さんの「First Born」という写真展についてのことがこの本の核になっている。有田さんの最初の結婚の時に生まれた息子と妻を撮ったシリーズが「First Born」なのだけれど、雅子さんはこの写真を深く愛していて有田さんの死後なんとか写真集にしたいと考えていたことやその計画が進んで行く様子も書かれており、計画の実行人となる写真家の上田義彦さんが雅子さんへ宛てたメールの一部も出てくる。これについても上田さんが師匠である有田さんをどれだけ尊敬していたかや、「First Born」の写真たちを上田さんもまた心から愛していることが強く伝わってくるから、写真展が始まる前からまだ見たことがない「First Born」について私はすっかり思い入れてしまっていた。写真展のプレビューにも誘っていただいたのだけれどどうしても都合がつかず、その日から見に行きたいという気持ちがぶくぶくとふくれあがって、ちょうど芝浦のスタジオで撮影があった日、終るとすぐにギャラリー916へ急いだ。
「First Born」は単純に子どもの成長を映してゆく記録の写真ではなくて、作為的な表現方法で妻と息子を撮っているものが多い。私的な世界なのだけれどシュルレアリスム的表現で、それは初めて見た私にとっても時の経過に対して全く色褪せておらずモダンに感じた。今回の展示にあたりネガやポジを雅子さんが整理され、それをもとにプリントは全て上田さんが改めてされたという。ちょうどこの写真展について上田さんを取材した記事を見つけたのだけれど、これもとても興味深い。
http://www.1101.com/ueda_yoshihiko/index.html
カメオのピアスと桜えびという本が持っている魅力と写真展の魅力はまた別のものなのだけれど、同時に二つも心を揺さぶられるものに出合えたことは一年の終りの慌ただしい時期に気持ちが潤った出来事だった。昨晩息子が数秒だけ立つことができるようになったことも、潤った出来事に一つ追加。
往復書簡 カメオのピアスと桜えび
有田雅子 清野恵理子
集英社
First Born Arita Taiji
gallery916にて12/28まで。