今朝見た夢で私はお葬式に参列していた。
誰のお葬式なのだろうか。夢というのは都合よくできているもので、その故人が一体誰なのかわからないのだけれど、たぶんわりに親しい間柄のようだった。
不思議だったのは参列している人たちが皆それぞれに着飾っていたことだ。黒い服ではあっても結婚式さながら3連パールのネックレスを着けたご婦人やスワロフスキーの帯留めをした紋付黒無地の着物のおばあさま、シルクハットの男性もいた。どうやら着飾ることが故人への弔いになる、といったような具合でそうなっていた感じがした。
夢から覚めて思った。悪くない。
ガズヴァンサント監督作品「永遠の僕たち」という映画で、ミア・ワシコウスカ演じるヒロイン、不治の病の少女アナベルのお葬式のシーンがとても好きだ。(デニス・ホッパーの息子、ヘンリー・ホッパーが主演しているが、彼も良い。)彼女の好きだった色とりどりの花やお菓子がたくさん並び、ティーパーティーのよう。普段着の参列客たちはお菓子を食べお茶を飲みながら皆彼女を思い語り合う。残された人たちが互いの肩を抱き、美しい笑顔の遺影を見つめる。穏やかな優しさに包まれたお葬式。
ネットでお葬式について検索してみた。
色んな葬儀社のあらゆるプランが並ぶ。それを見ると、最近はお葬式にもオリジナリティを求められているようで、かなりラフな「お別れ会」と名のつくプランもある。生前アマチュアの声楽家だった故人のために仲間が葬儀の間生演奏をしたとか、馴染みのあるホテルで「友人葬」をして故人の好きだったシャンパンをふるまったとか、人生の最期の形も多様化しているようだ。死というのは皮肉なことにいつ訪れるかわからない。100歳まで生きるかもしれないし、明日かもしれない。
宗教とか家の決めごととか、色んなしがらみがあるのがお葬式だろう。勿論そういうものも大切にするべきで、更に言えば故人のため、というより残された人のためのもの、という部分も大きいため、全部が全部思い通りになるわけではなさそうだけれど、アナベルみたいなお葬式は私の理想だ。彼女自身も映画の中で知人の葬儀に参列しているが、黒のレイアードに小粒のパールのロングネックレス、チュールレースの垂れたエレガントな帽子。その装いも素敵。
私のお葬式にはそんな装いの友人たちが集まってくれるといい、なんて思う。
そう、ちょうど今朝の夢で見たように。