パパはね。。キミの名前を一日に何度も何度も呼んでいるね。。「マユ」を漢字で書くと「真優」だね。真の優しさ、本当の優しさを持った人間になってほしいよ。
偽物の優しさは要らない。本当の優しさを他人に与えてほしい。
パパには尊敬する人がいる。ずっとキミを担当してくれていた小児科のO先生。パパは先生に「本当の優しさ」を教わったんだ。
2回目の手術の前に診察に行ったことがあったんだ。いつものように先生はキミの体の中の酸素飽和度を機械で計測した。いつもは70%くらいだったかな。。それでも普通の大人だと命に危険があるレベル。パパがエベレストの頂上に行くとそれくらいになるらしいよ。キミはずっとそんな状態で生活してた。でも、その日は何回測定しても50%台の数字が表示された。パパはとても心配になった。
O先生は「あー、この機械壊れてるね。今日は測らなくていいや」と言ってそれをベッドの上に放り投げた。パパは「壊れているのなら、別の機械を持ってきてくれよ!」と思った。でも先生は本当に計測を止めてしまったんだ。パパは「なんかいい加減な先生だな~」って思って怒っていたんだよ。
それから数日後に三日間くらい入院して、手術前の検査を受けた。予定では、一旦帰宅して数日間空けてから手術に臨む予定だった。それなのに先生は「家に帰るのメンドクサイでしょ?このまま手術まで入院してれば?」って笑いながらパパとママに言った。パパはまた怒りそうになった。「事前にそう連絡してくれればちゃんと入院の準備してくるのに。。なんで急にそんなこと言うんだよ。。」って。結局そのまま入院して2度目の手術を受けた。
「あの先生は好きになれない」とパパはいつもママに言っていたんだ。なんかいつもぶっきらぼうだし、何を質問しても「あー、大丈夫。」しか言わないし。。もっと真剣に話を聞いてくれよ!って思ってたんだ。今考えると本当に恥ずかしい。きっと、あの機械は壊れてなんかなかった。キミの酸素飽和度は本当にかなり低い状態だったんだ。
「かなり低いですね」
と告げるかわりに先生はお芝居してくれた。たぶんパパの性格も見抜かれていた。そんな風に告げられていたらパパはパニックを起こしてしまったに違いない。パパにとってはキミは最初の子供だったけど、先生はもう何百人もキミのような子供とその家族を見てこられたはず。パパの心の中までお見通しだったんだよ。パパやママに余計な心配をかけないように嫌われ役になってくださったんだよ。
自宅に帰さないで入院を手術まで継続させた理由も同じだと思うんだ。「帰宅が面倒だから入院する」なんてことがまかり通るはずがないんだ。。病院で監視していないといけないレベルだったんだと思う。
それに気がついたのはずーっと後。O先生は違う病院に転勤されてしまった。
パパはね。。照れくさいんだけど、「蝶々の心臓」っていう写真展をやらせてもらったんだ。パパは便箋を買ってきて、O先生にご招待のお手紙を書いた。とてもお忙しいのでどうかな。。と思っていたけどパパは失礼を承知でお手紙を書いた。
会期はちょうど一週間。パパは毎日朝から夜までギャラリーにいた。沢山の方々がパパが撮ったキミの写真を見に来てくれた。パパはお昼ご飯を食べに外にでることもしなかった。だって、その時にもしO先生が来てしまったら。。
写真展も終わりに近づいたある日の夜、ギャラリーのドアが開いてO先生が入って来られた。先生はしきりに「たまたま、この近くに来たから」と仰っていた。でも先生はじっくりと全ての写真を見て下さった。そして、そそくさと出て行かれた。写真展にはO先生だけではなくて、外科のK先生、T先生も来て下さった。先生達にキミの退院後の姿を写真でお見せすることができて良かった。パパの写真は別にアートでも何でも無い。ただキミを撮っているだけ。何の評価も求めていない。言葉では表せない先生達への感謝の気持ちが写真で伝わったかな。。
世の中には薄っぺらい偽物の優しさが溢れている。そんなものに騙されないでね。ま、パパも大人だからね、そういうのを使うこともあるよ。本当はダメなんだけどね。でも大切な人には絶対に「真の優しさ」を与えることを心がけるようになったよ。厳しいことを言ってその時は嫌われても良い。きっといつか分かってもらえる。
でもな~、キミにも反抗期がやってきてパパが何を言っても「うるせージジイ!」とか言うんだろうな~。まあ、いいさ。いつか分かってくれると信じてパパは頑張るよ。
パパはね。。キミの結婚式にはO先生をご招待したいな。きっと来てくださると思うんだ。「たまたま、この近くに来たから」って言ってね。