Manhattan Catalogue

昔の話は美化しがちであまりあてにならないのだけど、それでも70年代後半から80年代初期までのNY、メンズファッションシーンは、素晴らしい最も輝いていた時代の一つだったと個人的には思う。

たまたま80年代のNYの話になり、バーニーズや当時あったチャリヴァリや、チェルシーの銘店カモフラージュの事が出たところで、あの頃このカモフラージュというお店のオーナーが実は雑誌を発行していたことを初めて聞いた。雑誌のタイトルは「マンハッタン・カタログ」。当時は今大ブレーク中のブルックリンもロングアイランドシティもなく、NYと言えばマンハッタンだった時代、単純明解な主張が見える良いタイトルだと思う。僕がNYに来たのは80年代の後半、この雑誌の存在は全く知らなかった。もちろん、当時有名だったダウンタウンのバーニーズや、アッパーウェストのチャリヴァリ、チェルシーのカモフラージュの事は当時の日本の少ない情報からでも知っていた。バーニーズや、チャリヴァリはいち早くヨーロッパのデザイナーズブランドや、日本のデザイナーズブランドを取り入れて評判だったけれど、カモフラージュはちょっと変わった品揃えで、デザイナーズブランドもNYローカルを中心に、割とコンサバ的な、クラシックアメリカンなブランドというか、商品も取り入れていて、80年代当時の広告をみると明らかだけど、かなり今でいうアウトドアシックなファッションを得意としていたと思う。ここの店主は、業界では有名人で、見るからに一風変わった、いわゆるエキセントリックな人。この人がその雑誌、「Manhattan Catalogue」の仕掛人の一人だった。

それから35年以上経った今、たまたま付き合いのある業界の友人、ゲーリーさんの協力で、そのマンハッタンカタログを見せてもらえる事になった。事の発端は僕らの作った雑誌の次の号で、この時代の記事を書いてほしいとお願いした時。彼は業界に長く、前述の雑誌仕掛人たちとも交流が深かった人。今はお店を閉めてリタイヤしているカモフラージュの店主に連絡して資料として当時の雑誌を持ってきてもらった。

雑誌は78年から82年までの物だったけれど、そのサイズやデザイン、何よりも掲載されている記事が素晴らしい。今あったとしても遜色ない出来映えで、これを当時に作っていたのは僕にとっては驚き以外になかった。ラルフローレンが人気急上昇中、アラン・フラッサーが売り出し中、ジェーン・バーンズや、カルヴァン・クライン、ノーマ・カマリなど、もう懐かしい名前がずらり。

特に目に入ったのは当時CHIORIというブランドで売り出し中だったデザイナー、ランディ・アレン。この人は80年代に入って作りだしたもう一つのブランド、ATZ は個人的に大好きだった。船便のGQや、日本の雑誌で見かけた ATZは、僕個人的に、エイティージーと発音していたんだけど、これが実はエイティーズ(80’S)と読むのを今回初めてこの雑誌の記事から知った。 この時代の大型新人デザイナー、シャマスクも頻繁に登場する。日本でも一時期一世を風靡した、ピンキー&ダイアンもこの頃の人たち。ま、日本市場ではちょっと違った形で有名になってしまった彼女たちの PRIVATE LABEL も広告の中に見つけて可笑しかった。時代を映すとは言うけれど、雑誌の中に、当時のデザイナーズコレクティブショウの広告もあった。あの時代、NYでは最もイケていたトレードショウで、そのブランド名リストを見ると素晴らしいラインナップ。バリー・ブリッケン、バスコ、ブリティッシュカーキ、マーガレット・ハウエル、マルセル・ラサンス、ポール・スミス、ロバート・ストック、ナンシー・ノックス、そして何と、吉田カバン!この時代にNYへ挑戦する日本ブランドとして覚えた、あの吉田カバンの名前は強烈だったのを思い出した。

さらに記事を追っていくうちに、80年に入ったあたりから頻繁に出てくるライターの名前。
「Yoko Hamada」浜田容子さんの名前がそこにあった。彼女は以前もコラムに書いたように、僕が10代の頃から毎月楽しみにしていたメンズクラブ誌への寄稿記事を書いていた人。NYのファッション界、社交界、どれも僕のNYへの憧れを刺激しまくった張本人だ。その彼女も参画していた雑誌。
恐るべし。

あの時代は僕にとって、NYが死ぬほど遠い場所で、そこへの憧れも半端無く大きく、行きてるうちに行けるとは思ってもいなかった。それでも必死にデザイナーの名前を覚え、アーティストの名前を覚え何が新しいのか、カッコ良いのかをもがき苦しみながら探しまくっていた。そういう事が、飯を食うより好きだった。女の子と遊ぶのと同じくらい好きだった。何かそんな事を思い出してると、ああやっぱりあの頃は良かったなあと昔を美化する自分に気がつく。本当は、借金だらけで、電気やガスを切られたり、赤いカードにもお世話になってた酷い事実もあるんだが。

しかし、そんな僕以上にこの雑誌を見るやいなや、懐かしい、ああこれがあったね、とまるで子供のように目を輝かせて興奮してるゲーリーさんを見てると、やっぱり日本もアメリカも一緒だなと思う。引っ越しとか、掃除のついでに昔のアルバムに見入ってしまうのと全く変わらない。

ではまた次回。 

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DAIKI SUZUKI 鈴木 大器

DAIKI SUZUKI 鈴木 大器

NEPENTHES AMERICA INC.代表「ENGINEERED GARMENTS」デザイナー。1962年生まれ。89年渡米、ボストン-NY-サンフランシスコを経て、97年より再びNYにオフィスを構える。08年CFDAベストニューメンズウェアデザイナー賞受賞。日本人初のCFDA正式メンバーとしてエントリーされている。