脂ビレ

なんだか最近、写真のセレクトやデザインに時間がかかる。思い当たることと言えば、石岡瑛子展を観たことと、春が連れてきた花粉症。報道で覚悟していた通り、今年の花粉は強敵で集中力を欠きがち。昨今は特に必要以上に周りの目が気になるので、くしゃみを出さないようにこっちも必死だ。まあこれもやっと待ちに待った春が来た証拠。朝早いうちはオフィスに強い陽射しが届いて、春夏型植物も目を覚まし始めた。とはいえ、春日和は長続きせず数日で崩れることが多いから、まだまだ冬物は仕舞えない。今日も結局EGのAVIATORジャケット。万能過ぎて何ヶ月もほぼ毎日着てしまっている。。

それでもなんとか〈NEEDLES〉に続いて〈SOUTH2 WEST8〉2021年秋冬ビジュアルを公開。毎シーズン楽しみな新しいカモフラージュや、新型のフィッシングジャケットもお披露目。キルティングジャケットをよく見ると鹿の角フォルムのステッチングだったり、PENDLETON社のオリジナル素材を使ったアイテムがあったり、ディテールに気が付くと面白さも倍増するので、時間のあるときに是非じっくりと来季の妄想を。この一年、海外からの問い合わせが非常に多かった〈SOUTH2 WEST8〉。北海道から放った弾はいったいどこまで届くのか、今後の展開がますます楽しみ。

先月発表となった芥川賞。受賞作は 『推し、燃ゆ』。著者の宇佐見りんさんは、21歳の現在大学生。「推し」という言葉の意味合いが分からない人にはさっぱり通じないタイトルが良い。「燃ゆ」とは炎上したという意味だ。音楽の世界でも、「歌い手」だったり、「ボカロP」だったり、分からない人には全く分からない用語がテレビを通じてお茶の間に届くようになっている。ジャンルの細分化が進み、顔出しせずに有名になるという新しい生き方も、色々な分野で成立するようになってきた。世の中は確実に変化していて、好奇心が無くなったら最後、現役引退だ。ちょっと待った。違うちがう、書こうとしたのはそんな話しではなくて、その芥川賞受賞作が掲載された『文藝春秋』の表紙のことだった。。

ターコイズで例えるならグリーン系のナンバーエイトといった感じの背景に描かれた、民藝的な二匹の渓魚のイラスト。渓流釣りの解禁を待ちわびたテンカラ師なら誰もがおっ!と手に取ってしまう、春らしい表紙。下は赤い斑点があるからヤマメじゃなくてアマゴだな、上はイワナかな〜っと見ていて、あれ?っとおかしなことに気付いたあなたは太公望。

我々が愛するサケ科の魚には、背ビレと尾ビレの間に「脂ビレ(あぶらびれ)」と呼ばれる小さなヒレがある。イワナ、ヤマメ、アマゴ、ニジマス、ブラウントラウト、イトウ、サケ、キングサーモン、アークティックチャーなどなど、全てのサケ科の魚にある存在理由の分からない小さなヒレ。その、サケ科の魚の特徴であるはずのヒレが、上のイワナに描かれていない。

なにも、意地悪を言おうというのでは無い。告白しよう。実はこの、あるはずの「脂ビレ」が描かれていない問題は、自分たちも経験済みなのだ。〈SOUTH2 WEST8〉がテンカラをテーマとした最初のシーズン、三匹のサケ科の魚のイラストをプリントしたバッグやTシャツを制作した。ほっこり素敵なイラストで非常に人気のあったアイテムだったのだけど、販売し終わってから青ざめた。商品を改めてよく見たら、一番上のヤマメに「脂ビレ」が無かった。

そもそも自分がイラストレーターさんに送ったヤマメの写真に「脂ビレ」がうまく写ってなかったのだ。イラストレーターさんが気付く筈もない、完全な自分のミス。あるものと思って見てしまうと、ないものもあるように見えてしまう。大いに反省したのと同時に、正しいかどうかより良い絵であることが大事なんだなと実感。そして、いつか「脂ビレ」を足して再発しても面白いかなと思ったのを懐かしく思い出した。

そういえば先月はこのニュースに驚いた。一番近くにいる一番強い人たちが記録と無縁なことは、登山文化を端から垣間見ていても確かに大きな疑問だった。こういうのはワクワクする。山頂直下で10人がそろうのを待って、ネパール国歌を歌いながら山頂に立ったっていうのにもやられた。かっこいいです。

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TOKURO AOYAGI 青柳 徳郎

NEPENTHES ディレクター。 1970年生まれ。 東京都出身。