US軍手袋:

寒さが深まり、温度もマイナス五度を下回るようになると、手袋が必需品になります。指の出る軍物の手袋は、仕事をする際にとても重宝しています。 事務所の近所にある昔ながらの軍物屋を通りかかった際、一緒におられたエディターの方があまりの寒さに手袋をという事になり、お店に入ることになりました。 

その店の店主が、数年前から中国人のおじさんになっているのは気づいていましたが、今までしゃべった事はなく、いつも用事だけで済ましていました。そのとき僕達と一緒にいた女性のコーディネイターに反応したのか、そのおじさんが何だか凄くお話をしたそうな雰囲気になりだして、こう話し始めました。(少しうろ覚えもありますので、詳細などは、分かりうる範囲でお話しします。) 

“僕には奇跡が起きてアメリカに来れたんだ。”
彼の育った中国の片田舎の街は、本当に貧乏で皆毎回の食事に困るほどでした。彼は大学には行けずに、街の工場で働いていました。その工場には16年間勤め、ある日彼は珍しく12分間仕事に遅刻してしまったそうです。工場長はそんな彼に、その日の日給を半額にすると告げました。普段は仕事にも早く出勤していたし、残業代がでなくとも残って仕事をしていたにも関わらず、工場長からの言葉は冷たかったそうです。 

彼は何だかむしゃくしゃして、その日の仕事はやめにして、家に帰る事にしました。自転車に乗ってしばらくすると、彼は昼ご飯を食べていなかった事に気づきました。何を隠そう、この16年間、工場での唯一の楽しみと言えば、お替わりのできる昼ご飯でした。家に帰っても余分な食べる物もない、彼は途方にくれて一策練りました。帰り道にある山に登り、山豚を捕ってそれを食べようと。 

山に入り豚を見つけると、死にものぐるいで彼は豚と格闘し、約1時間もしくはそれ以上の時間を費やしてやっとの思いで豚を仕留めました。すると、まわりに人だかりが。アメリカ人の考古学の教授とその学生達(中国のエリート?)達が、彼のその一部始終の死闘をビデオに収めていました。そのビデオを観たネイビーシールズ(海軍特殊部隊)学校の先生達は、なんと彼を学校の教師としてアメリカに招き入れました。彼のいた街は、昔から盗賊がたくさんやってくるような場所で、男性は自己防衛術を学んでいたそうです。あと少しカンフーを。 

アメリカに渡った彼がネイビーシールズで教えたのは、素手で格闘する方法のようですが、、結果、
その後の8年間、彼はネイビーシールズに在籍し公務を終え、それと同時に市民権を得て、現在はNYで軍物屋の店主となったようです。 

彼の街からアメリカに来る事ができたのは彼一人だそうです。数年前に帰国し、昔の友人や家族など総勢約200人を街一番のレストランへ招待し、ご馳走したそうです。お金が足りるかなあと心配したようですが、しっかり食べて飲んで合計120ドル(アメリカドル)だったそうです。彼は街のヒーローとなりました。 

嘘か誠か、何だか凄い凝縮されたお話を数分の間に話され、僕ら3人はぽかんとしてしましましたが、次の約束に遅れるのに気付いて、彼が現在の中国の問題について話し始める時には、ほぼ無理矢理お店を出ました。 

お話は筋が通っている様で通っていないようでしたが、年末に何だか凄い話を聞かされました。そうであって欲しいなあと思うのと、まさか?!と思うのと半信半疑です。 

そんな彼は、その手袋(8ドル)は10年間使えると言い張りますが、僕は1年もするとぼろぼろになってしまい買い替えています。現在、5代目です。それは嘘だというので見せてみると彼も納得、、。嘘か誠か、一度目で確かめる必要がありますね。 

今年度もありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
山田陽

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AKIRA YAMADA 山田 陽

AKIRA YAMADA 山田 陽

フォトグラファー。1998年よりNYをベースに活動。近年は東京との往き来も多くなり、雑誌、カタログ、広告の撮影に携わる。次回の展示の製作開始。
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