ファッション写真への目覚めとNY生活
静岡生まれの静岡育ち。レゴによって萌芽したクリエイティブマインドは、2年間の東京生活を経てNYへと旅立つ。デザインと写真のあいだをいったりきたりしながら始まったマンハッタンでの日々と〈ENGINEERED GARMENTS〉との遭遇。ー NOBIさんの出身は静岡でしたね?
静岡生まれで、高校までずっと静岡で育ちました。実家は静岡駅から歩いて帰れるくらいのところです。両親は洗面台などを製造する工場を運営していて、家業の方で忙しかったので、小さな時はよくレゴで遊んでました。バケツいっぱいのレゴが家にあって、畳の縁を道路にしたりして。今思うと、それがクリエイティブの頭を育てたのかなと思います。
ー そもそもデザインの仕事を目指す何かきっかけのようなものがあったのでしょうか?
デザインの仕事を始めたのは偶然で、もともとは写真の勉強をするつもりでNYに来たんです。高校を卒業した後、東京のデザインの専門学校に2年間通っていましたが、学校にはほとんど行かなかったんです(笑)。その頃『STUDIO VOICE』の「ファッション写真の現在」とかを読んで、漠然と良いなと思ってて。やっぱり写真を本格的に勉強しようと留学することにしたんです。ロンドンかNYのどっちに行こうかと考えていたときに、ちょうど学校でNY留学の説明会があって、なんとなく良さそうだと思って決めました。親もサポートしてくれるという事になって実現できました。留学して本当によかったです。あのまま日本に居たら実家を手伝っていた事になっていたと思います。
ー 東京でデザインの勉強をしたのち、写真を学ぶためにNYへ行き、そしてまたデザインの世界に戻ってきた訳ですね。
そうなりますね。NYへは1995年に来て、語学学校に通ったのちにパーソンズ美術大学の写真学部に入りました。写真学部は他の学部と違って美術基礎のクラスがなくて、1年から4年間写真だけしかやらないのですが、3年のときに1クラスだけグラフィックデザインの必須授業があったんです。1999年当時はまだ皆がMacに馴染みがあるという時代でもなくて、初めてMacに触るクライメイトが居たので、その子の作業を手伝ってあげたりしていたら、その子の友人がグラフィックデザイナーを探してるからと、インターンの仕事を紹介されたんです。とりあえず面接だけでも行ってみようと軽い気持ちでそこのデザイン事務所に行ってみました。面接の時はそこがどんな会社か知らなくて、採用になった後で「どんな仕事してるか知ってる?」って聞かれたんですが、そもそも全く予習してなかったので答えられませんでした。でも、あとになって会社のポートフォリオを確認したら、学生の頃読んだ例の「ファッション写真の現在」で取り上げられてたものばっかりで驚きました。
ー その事務所がNYの老舗ファッション広告制作会社AR New Yorkだったんですね。
そうです。結局そのまま卒業後もフルタイムで働くようになりました。それまでフォトグラファーがすごいと思ってたけど、「アートディレクターがアイデア出してるんじゃん」ってそこで分かったんです。そのとき、僕はこれだ ! と思ったのがデザインの仕事をするようになったきっかけでした。
ー 〈ENGINEERED GARMENTS〉(以下、EG)との仕事はどのように始まっていったんですか?
「ネペンテスの店がソーホーにある」というのをどこかで聞いて、なんとなく行ってみたことはあったんです。その後、パーソンズ在学中のクラスメイトを通じて、徳郎さん(NEPENTHESクリエイティブ・ディレクター青柳徳郎)と知り会う機会があって、格闘技の話でとても盛り上がったんです。すぐに柔術を習うようになって、だんだんと大器さん(〈ENGINEERED GARMENTS〉デザイナー鈴木大器)やNYのオフィスの皆さんとも仲良くなっていきました。2001年頃だと思います。お互いどんな仕事をしてるのかも分かって、何年かして自然と〈ENGINEERED GARMENTS〉の仕事にも関わるようになりました。最初、イメージブックを作りたいという相談を頂いたときは、初めての事で決まった予算がなかったので、できるだけコストを抑えてできることを考えました。持っていたコンパクトデジタルカメラで、オフィスのスタンドの照明使ってやったというのが始まりです。画像サイズもデジカメで当時1.4Mピクセルとかでしたから、写真が大きいサイズで使えないので、余白を大きくとったり。全部カラーだと印刷代が高くなるから1色刷り、ブック自体も加工が楽なアコーディオン仕様にして、2枚だけカラー写真を貼り付けるというデザインになりました。でも、その制約で逆にデザインとして面白くなったと思います。最初の撮影が2004年の1月、このあいだ作ったのが2018年の春夏のブックなので振り返るともう14年続いてるんですね(笑)!
ー それぞれ春夏/秋冬があり、メンズ/ウィメンズがあるのですから、改めて見てもすごい量ですね。最初EGのコレクションを見てどのように思いましたか?
最初のコレクションは全然ピンと来てなくて。正直、僕が洋服の事をよくわからなかったから、頼まれたプロジェクトをできるだけ良いものにするという事だけでした。でも、自分で着るようになった2シーズン目から、だんだんと分かってきましたね。長いことこのプロジェクトをやっていて、大器さんから洋服作りでどんな事に気を遣ってるかとか、新しく加えられたディテールやこだわりとかを毎回ちょこちょこ聞けたりして、EGの服の楽しみ方がだんだん分かって来た感じです。根本的なとこはずっと変わらないので、昔のコレクションと最近のコレクションを一緒に着ても違和感がないというのも、一ファンとしてとても嬉しいですね。僕は仕事でセットアップのスーツを着てることが多いのですが、ビジネス過ぎず、カジュアル過ぎずでちょうどいいです。ネペンテスのオフィスにミーティングに行くと大器さんから「懐かしいの着てるね」とか「長く着て色褪せてる感じがいい」とか言われます(笑)。NYで普通に街を歩いて信号待ちとか、地下鉄の中とか、もちろんオフィスでもどこのブランドの服着てるかよく聞かれますよ。
ー EGのイメージブックを作るうえで気をつけていること、心がけていることなどあれば教えてください。
服のデザインとグラフィックデザインとは全然違うんですけど、大器さんが考える「かっこよさ」には、ブック作りをするにあたってすごく影響を受けたと思います。ヴィンテージものとかにある、頑張って作ったけどなんかズレてる感じとか、微調整しない無骨な感じとか、縮んだりして生まれたクセを受け入れるモノの見方とか、僕にとっては新鮮なものでした。なので、ブックのデザインでも、ちょっとそういう事も意識しています。あとは、あくまで服が主役なので邪魔しないように。2012年の春夏までは自分で撮影して、レタッチして、デザインして、入稿して全部やってました。サンプルができてから展示会までの期間がかなり短かったので、誰かと相談しながらやるよりは、撮影しながら頭のなかで写真のセレクトとレイアウトが始められるという点で時間の短縮になってましたね。その後はJIMAさんが撮影してくれていて、自分では撮れない写真を撮ってくれるので、それはそれで面白いです。デザインに集中できて助かってます(笑)。
デザインの仕事、
その醍醐味。
NOBI氏は現在、世界最大級の雑誌出版社コンデナストに所属し、グランドゼロに新しく
建設されたワールド・トレード・センターで、アナ・ウィンター編集長率いるUS Vogueの
仕事を主に手掛けている。
世界のトップがいる街で感じるデザインの仕事の醍醐味、そしてこれからのこと。
ー どのような経緯でUS Vogueで働くことになったのでしょうか?
大学3年のときにAR New Yorkでインターンを始めてからは、できるだけ学校のクラスを減らして、働ける時間を確保していました。結局それが初めての就職になり、そのまま13年働き、その間にグリーンカードが取れました。そこから独立してフリーランスとしてプロジェクトを数年やっていたのですが、AR New Yorkの時の上司ラウル • マルチネスがUS Vogueでデザインディレクターをやっていて、欠員のヘルプとして2週間だけという事で呼ばれたんですが延長が続いて、気がついたら正社員になっていたという感じで、今3年目になります。
ー 現在の仕事の役割と仕事内容を教えてください。
US Vogueでは毎月の雑誌のデザイン、Talking Fashionというファションニュースセクションを主に担当していますが、コンデナスト各雑誌のデザイン部が1フロアーに集まって大きなデザイン集団として雑誌以外のプロジェクトも担当するようになったので、そのデザインのプロジェクトもやっています。
ー これまでのキャリアの中で思い出に残っている仕事を教えてください。
AR New Yorkで、クリエイティブディレクターのラウルと『Vogue Italia』をやっていた時が面白かったですね。彼らが撮影から戻るとポラロイドを渡されて、「今回のカバーはこれ、あとは好きにやってできたら見せて」って感じで。ページ数もデザインも決まってなくて、毎回新しいページ作りに挑戦できたんです。2002年3月号では、モデルが違う服を着て何度も同じ動きでベッドに横たわるというビデオが何本も届いて、そこから良いフレームをひたすらキャプチャーしてレイアウトに並べるというアイデアで、当時はVHSでかなりアナログな作業でしたが、どのコマにするか自分で一つひとつ決めていって、なかなか楽しかったです。2000年の6月号は64ページのファッションストーリーで、あれもやりがいがありましたね。
ー 本を一冊作るということでは、フォトグラファーJIMAの写真集も手がけていますね。
JIMAさんの最初の写真集は特に気に入っています。それぞれのページサイズが違う本を作るというアイデアで作ったのですが、印刷所の協力のお陰でなんとか完成できました。ページの位置もランダムになるように製本をわざと適当にやってもらったり。さすがに全ページ違うサイズにはできなかったり、紙は1/2に折らないといけなかったりと制約がありつつも、頭の中のコンセプトがしっかりと形になった良いプロジェクトでした。印刷所からはもうやりたくないと言われてしまったけど(笑)。他にも、北海道ニセコのフリー雑誌『EXPERIENCE NISEKO』や、ドナテラ・ヴェルサーチがデザイナーになってからのヴェルサーチをまとめた『VERSACE』、彫桜(NY在住の彫り師)の作品をまとめた400ページ以上の大作なんかもデザインしています。
ー デザインの仕事の面白さって何でしょうか?
グラフィックデザインで言えば、アートとして自分のために作るもの以外はクライアントがいて、そのクライアントにはゴールがありますね。短期的なものだったり長期的なものだったり、解決したい問題がある。そのゴールへ向かってクライアントが持ってるヒントを探りつつ答えを出すというクイズ•パズル的な部分が、この仕事の面白さだと思ってます。そのパズルのピースも自分で作るんですけど、それをいかにクライアントのブランドやプロダクトに合わせるか、そのクライアントの感性にどう響くかを推理しつつ、納得してもらえるよう賢く絡めつつ、見た目を洗練させて全体を綺麗なパズルとして完成させる、というのが僕の仕事ですね。
ー NYで仕事をしていて、日本との違いを感じることもありますか?
アメリカのクライアントは、こちらから提示する新しいクリエイティブな解決策に対して柔軟で、結果が出ればプロセスも自分で決められるし、合理的でやりやすいです。「出る杭」を叩かず、伸ばす感じです。その反面、アメリカの社会はプレゼン慣れしているところがあるので、強い説得力も求められます。僕の場合、普通に喋るのも得意ではないのに、セールスしないといけないので、その点は何度やっても難しいです(笑)。デザインを始めた頃は作品で勝負すれば良かったのですが、自分でプロジェクトを仕切るようになると、作品が良いのは当たり前で、それをどれだけ理解してもらえるかの方が重要なんだと感じます。
ー 自己主張も必要で、働きながら常に刺激がありそうです。
仕事をする上で世界のトップがいる街なので、その人たちの近くに居てその仕事ぶりを見れるのはとても勉強になりますね。そのなかで良くも悪くも自分の力量が分かるし。でも、完成された作品を見て圧倒されるようなものも、そのプロセスから細かに見ると意外と単純なことをやってるだけだったりするんです。手品のネタばらしではないですが、やり方が分かると自分にもできそうだと思えたりして。結局、みんな自分の好き勝手やってるだけなんだなと思えたときに、スッと肩の力が抜けた感じがしましたね。
ー これから取り組んでみたい仕事はありますか?
今年の秋からタイポグラフィーとフォント作りのクラスに通う事になったので、自分で作ったフォントで雑誌を作れると良いなと思ってます。海外向けにブランディングをやり直したい日本の企業やホテルとかあれば、ロゴ、パッケージから広告とかまで、トータルなブランディングを是非やってみたいですね。EGのブックも28シーズンやったので、切りが良い時に今までのものをまとめて1冊の本にデザインできたら良いなと思います。
ー 長く付き合いのあるNOBIさんの目から見て、NEPENTHESという会社はどのように映っていますか?
適職に就いている人は「好きな事を当たり前にやってるだけで全然苦じゃないのに、他人から見るとすごく努力してるように見える」と誰かが書いていたのを読んだことがあります。たぶんネペンテスには、そういう人たちがいっぱいいる会社なんじゃないかなと思ってます。
SELECTION OF IMAGE BOOKLETS
NOBI氏による解説付きイメージブックセレクション。FALL / WINTER 2004 : 一番最初のブックは蛇腹折り。カラー2枚を手作業で貼りつけ。『Gentry』マガジンっぽくて良かったです。NEPENTHESのオフィスがあったトライベッカで撮影。
SPRING / SUMMER 2012 : 初のロケ撮影。初めて生きてるカブトガニを見て感動しました。帰り道どんどん体調が悪くなって、脂汗と悪寒でやっと家にたどり着いたあと寝込んだ忘れられないブック(笑)。
FALL / WINTER 2013 : この頃はちょっと変わった事したいということだったので、ポスターを折って綴じて、始まりと終わりがなく、向きも決まってないというアイデア
SPRING / SUMMER 2014 : 一見普通に製本されてるとみせかけて、実はルックを中に折りたたんであるページも作り、ちょっとサプライズのあるデザインです。もしかしたら気付かず見ている人がいるかも。
FALL / WINTER 2014 : 表紙は黒い紙にシルバーで印刷。一つのコーディネートの別カットを見ることができる折り込みのページがあったり、ページ数もこれまでの最大で、やりきったブックに仕上がりました。
SPRING / SUMMER 2015 : 「サファリ」がテーマということで、クラフトペーパーに印刷しました。ベージュの多いコレクションが引き立ったかなと思います。モノクロの部分も良いアクセントになっています。
FALL / WINTER 2015 : シーズンカラーに合わせて、全てネイビーで印刷したモノクロのブックです。潔くて気に入ってます。カラーのバーションもあったのですが、モノクロの方がかっこよかったです。
ノビ 柏木 / アートディレクター。1975年静岡県生まれ。1995年渡米、2001年パーソンズ大学写真学部卒業。在学中2000年よりファッション系広告制作会社AR New Yorkに勤務、Versace、Dolce & Gabbana、Valentino 等のファッション広告やホテルのブランディングのプロジェクトチームに参加。その間Another Magazine、Harper’s Bazaar、Vogue Italia 等のエディトリアルデザインにも携わる。The Influence MagazineがADC Typographic Excellence 受賞。2011年独立、Endash Spaceを設立し、フリーランスとしてブランディングをメインにファッションブランドやIT企業等のアートディレクション、ブックデザイン等で活躍。2014年よりUS Vogue にてデザインを担当する。Brooklyn在住。日本ではATC所属。
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