絶海の孤島を舞台にしたA24製作の
傑作スリラー『ライトハウス』から着想
「パンデミック以降、自宅で映画を観る時間が格段に増えました」と語る鈴木大器。興味の赴くままにさまざまな時代やジャンルの作品を鑑賞するなか、とりわけ強烈なインパクトを残した1本が、「A24」製作×ロバート・エガース監督によるスリラー『ライトハウス』だった。
- 今シーズンは映画『ライトハウス』からインスピレーションを受けたコレクションとのことですが、そもそも同作品を知ったきっかけは?
- 〈ENGINEERED GARMENTS〉の映像作品を手がけてくれている友人のGakuさん (Manabu Inada) と最近観てよかった映画の話をしていたときに、彼に薦められた作品が『ライトハウス』でした。「最初から最後まで、ほぼ二人の俳優しか出てこない」「そのうちの一人がウィレム・デフォー」。そう聞いて、すぐに観てみようと思ったんです。
- ウィレム・デフォーのファンだったんですね。
- 悪役を演じた『ストリート・オブ・ファイヤー』で知ってから、ずっと好きな俳優です。ずいぶん昔の話になりますが、ウィレム・デフォーは1998年にNEPENTHES NEW YORKがオープンして間もない頃のお客さんでもあるんです。当時、お店があったSOHOにたまたま彼が住んでいて。初めて来たときに、たしか〈NEEDLES〉のスーツを買ってくれたんじゃなかったかな。そのときはすでにファンだったので、すごく嬉しかった。
- ちなみに『ライトハウス』は、映画スタジオ「A24」の製作です。〈ENGINEERED GARMENTS〉と同じニューヨークに拠点を置き、次々と話題作を世に送り出していますが、「A24」の存在は以前からご存じでしたか?
- もちろん。最初に名前を聞いたのは『ムーンライト』がアカデミー賞作品賞を受賞したときだったと思います。そのあと、ロバート・エガースが『ライトハウス』の前に監督した『ウィッチ』を観て、面白い映画を作る会社がニューヨークにあるんだなって、個人的にも注目するようになりました。『ライトハウス』をきっかけに改めていろいろと調べてみたら、実は以前うちのオフィスがあった場所のすぐ近くに「A24」もオフィスを構えていることがわかって。
- まさかのご近所さんでしたか(笑)。
- そう。あと、これまでの作品のラインナップを見て、いわゆるマス向けの売れ線ではなく、映画好きが集まって自分たちが良いと思うものだけを作り続けている姿勢に、なんとなく〈ENGINEERED GARMENTS〉のやり方と近いものを感じました。なので、今は一方的に親近感を抱いています(笑)。
ダークで重々しい映画の空気感を、
〈ENGINEERED GARMENTS〉の
スタイルに落とし込んだコレクション
孤島に閉じ込められた二人の灯台守が徐々に狂気に侵されていく様を描いた同作。神話や古典文学からのオマージュが幾重にも織り込まれた謎深き物語を読み解きながら、鈴木大器は作中に登場する衣装と美しくも不穏なモノクロームの映像に強く魅了されていったという。
- 実際に『ライトハウス』をご覧になって、どのような感想を抱かれましたか?
- 正直よくわからなかった(笑)。画面が薄暗くて見えづらい。セリフも何を言っているのか、うまく聞き取れない。このふたつに尽きますね。
- それでも、何か惹かれたものがあったわけですね。
- 一度観ただけではわからなかったから、逆にちゃんと理解したくなったんです。配信だとそういうときに何度も観られるから便利ですよね(笑)。ただ、2度目は英語の字幕付きで観ましたが、セリフに古い時代の言葉や船乗りの専門用語が多くて、それでもすべては理解できなかった。そこからネットで公開されていたガイドブック的なサイトを読んでみたり、監督自身の解説動画なども参考にしながら、結局トータルで5~6回は観たかな。そうこうしているうちに、それまでは気づかなかった、この作品の面白さが見えてきたんです。
- 大器さんが感じた“面白さ”とは?
- いちばんは撮り方ですね。時代設定が19世紀末ということで、わざわざ35ミリのモノクロフィルムとヴィンテージのレンズを使い、しかも1930年頃に多用された、ほぼ正方形に近いアスペクト比で撮影されています。その独特な映像は、アウグスト・ザンダーやルイス・ハイン、マイク・ディスファーマーといった、個人的にずっと好きな20世紀初頭の写真家の作品なんかともオーバーラップして、とても刺激を受けました。
- 現代の映画ではあまり使われない手法ですね。
- あとは、クレイジーともいえるディテールへのこだわり。特に印象的だったのが、灯台守たちのユニフォームでした。作業するときに着ていたオーバーオールやレインコート、日常着のセーター、さらには帽子などの小物に至るまで、出てくる衣装がどれも自分好みですごくカッコよかった。
- たしかに、古い時代のワークウェアという意味では、〈ENGINEERED GARMENTS〉のアイテムにも通じるものを感じました。
- だから二人が着ている服を見ながら、映画の中には出てこないけど彼らはこういうものも着てそう、という連想がしやすかった。そんなふうにイメージを膨らませていくなかで、この映画のダークで重々しい空気感を、いつもの〈ENGINEERED GARMENTS〉のスタイルに落とし込んでみようと思ったんです。
二人の灯台守が着用する19世紀末の
ワークウェアをベースにした新型アイテム
今回のコレクションでは、海で働く男たちのユニフォームをベースにした新型アイテムが数多く展開されている。リーファージャケット、ピーコート、フィッシャーマンセーターなど、いずれも伝統的なワークウェアのムードを漂わせながら、そのディテールには〈ENGINEERED GARMENTS〉ならではのツイストが加えられている。
- テーマが決まってから、コレクションを構成する上で特に意識したことはありますか?
- これはここ数年、意識していることでもあるんですが、ざっくり半分は“あえて変えない”。いつも展開しているオリーブやデニムのアイテム、シャンブレーのシャツといった定番モノで構成しています。そして、残りの半分では、逆にできるだけ思い切ったことをする。今シーズンは、そこを『ライトハウス』をテーマにしたアイテムで構成しようと考えました。具体的には、ブラックやネイビー、グレーをメインカラーにダークなトーンでまとめて、いくつかの海にまつわるワークウェアを新たにデザインする。そんな感じでコレクションの全体像を作り上げていきました。
- 今回のコレクションにおけるキーアイテムを教えてください。
- 新型でいうと、まずはREEFER JACKET。船の甲板で働く水兵が着る上着ですが、制服っぽさを残しながらサイドにスリットを入れるなど、一般的なブレザーとは違うデザインになっています。もうひとつがDECK JACKETですね。表面にUS NAVYのHOOK DECK JACKET、背面に戦車兵の防寒着として開発されたTANKERS JACKETのディティールを取り入れているのが特徴です。
- アウターでは、ボタンによって大きく開閉するPEA COATの背面のデザインもユニークですね。
- あれはウェットスーツのベストからインスピレーションを得たディテールです。DUFFLE COATやLINER JACKETにも、サイドに同じディテールを取り入れてます。
- 〈ENGINEERED GARMENTS〉では珍しく、今シーズンはセーターの展開もありますね。
- ブランドを始めた初期の頃に、ニューハンプシャー製のニットを使ったアイテムやカナダ製のカウチンを作ったことはあるんですが、ここ10年くらいはセーターを全くやっていません。ただ、このテーマだとセーターは絶対に欠かせなかった。どうしようかなと思ったときに、たまたま以前から付き合いのあるメーカーがセーターを生産できることがわかって。なので、今回は初めての試みでイタリア製のニットを使ってみました。肌触りの良さはもちろん、デザイン的にも今シーズンのどのジャケットとも相性のいいおすすめの一着です。
- ちなみに、大器さんが特に気に入っているアイテムは?
- 基本的に自分が気に入ったものしか作っていないんだけど……(苦笑)。ファイヤーマンバックルが付いたロングコートのOVERSIZED FIREMAN DUFFLE COATなんかは、かなりうまくできたかな。あとは、OVER PARKA。これには古いハンティングジャケットでよく使われていた、裾をロールアップできるディテールを採用しています。丈を好みの長さにアジャストできるギミックがすごく好きなので、この冬は自分でもよく着ると思います。
『ライトハウス』
新進気鋭の映画スタジオ「A24」製作による、 2019年公開のスリラー映画(日本公開は2021年)。舞台は1890年代のアメリカ、ニューイングランド。絶海の孤島にやって来た二人の男たちは、4週間の約束で灯台と島の管理を行うことになっていた。しかし年老いたベテランと未経験の若者はそりが合わず、初日から衝突を繰り返す。険悪な雰囲気のなか、激しい嵐のせいで島に閉じ込められた二人。外界から遮断された彼らは、やがて狂気に蝕まれていくーー。
監督・脚本を務めたのは、長編映画デビュー作『ウィッチ』(2015)で一躍注目を浴びた新鋭ロバート・エガース。ほぼ全編に渡って登場する主演の灯台守を、名優ウィレム・デフォーと、クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』でその評価を不動のものにしたロバート・パティンソンが演じる。
Blu-ray&DVD発売中(販売元:トランスフォーマー)