鈴木大器が語る〈ENGINEERED GARMENTS〉2020年秋冬コレクション

鈴木大器が語る
〈ENGINEERED GARMENTS〉
2020年秋冬コレクション

ロックダウン下のNYで

新型コロナウイルスの脅威が人々の生活や経済全体に甚大な影響を与えたこの春。
アメリカにおける感染拡大の「震源地」となったNYで、鈴木大器はどのような日々を送っていたのだろうか。
  • NYでは3月22日よりロックダウン(都市封鎖)が実施されましたが、コロナ禍の影響というのは、それ以前からも出ていたのでしょうか?
  • コロナの影はチラホラと見えていましたが、特にこれといった影響はなかったですね。縫製工場も普通に動いていましたし、近いところで感染者が出るわけでもないし、まったくもって普段通りでした。それが3月22日を境に、いきなりすべてがストップしてしまって。工場は閉鎖し、オフィスへの従業員の出社も原則禁止に。正直、当初は1週間くらいで元に戻るんだろうなというくらいに考えていたのですが、結果的にフェーズ1に移行する6月頭までロックダウンが続き、その間、2020年秋冬商品の生産も完全に止まってしまったので結構大変でした。
  • NEPENTHES NEW YORKも、ロックダウンの日から現在に至るまで店舗の休業を余儀なくされていますね。
  • しかも店の方は、まさかこんなことになるとは思わず、店舗を拡大するために少し前に隣のスペースも借りてしまっていて(苦笑)。今、急ピッチで内装工事を進めていますが、もう少し時間がかかりそうなので、ひとまずは以前からのスペースを使って近々営業を再開する予定です。両方揃ってオープンできるのは、早くて9月頃かな。ちょうど10年前にNEPENTHES NYをオープンしたのが9月9日だったので、順調にいけば同じ日にリニューアルオープンしたいと思っています。
  • ちなみにロックダウン中、大器さんはどのような生活を送られていましたか?
  • 自分の場合は毎日必ず処理しなければならない書類のチェックがあるし、次のシーズンのサンプル作りも進めなきゃいけなかったので、基本的には車で毎日オフィスに行って何かしらの作業をしていましたね。次々と送られてくるサンプル用の生地をスタッフの代わりに受け取ったり、やらなきゃいけないことが意外に多くて。なんだったらいつもより忙しかったかも(笑)。
  • 1999年に〈ENGINEERED GARMENTS〉を立ち上げてから、今回のような不測の事態は、初めてだったんじゃないですか?
  • ここまで大きなアクシデントは、ちょっと記憶にないですね。9.11のときでさえ、街中を戦車が走っていても工場は動いていましたから(笑)。これだけの長期間にわたってすべての工場がストップしたのは、20年間以上ブランドをやってきて初めての経験です。

"BALANCE AND TUNE"

過去のコレクションを振り返ってみると、これまで〈ENGINEERED GARMENTS〉は、シーズンテーマを掲げないことも多かった。しかし、2020年秋冬は、ビジュアルブックでNYのストリート・ジャズ集団「ONYX COLLECTIVE」のメンバーをモデルに起用し、さらにイメージムービーではウッドベースを演奏するジャズマンを大々的にフィーチャーするなど、「ジャズ」というテーマを明確に打ち出している。
  • 今シーズン、「ジャズ」をテーマにしよう思ったきっかけやイメージソースのようなものはあったのでしょうか?
  • 「ジャズ」は以前からいつか手掛けてみたいと思っていたテーマのひとつだったんです。過去に何度か挑戦してみたこともあるですが、そのときは納得いくものができず、途中で断念していて。それを今回もう一度チャレンジしてみようと思ったのは、John Simonsというロンドンにある洋服屋のドキュメンタリー映画(『JOHN SIMONS - A MODERNIST』)を観たことがきっかけでした。彼は1960年代にアイビールックをはじめとしたアメリカのファッションをロンドンに紹介し、当時のモッズに大きな影響を及ぼした人物で、一方でかなりのジャズ狂としても知られていて。映画の中でも彼がJohn ColtraneやMilesDavisについて語っているのですが、その話を聞いているうちにアイデアが湧いてきたんです。「ジャズ」をテーマにしつつ、アイビールックをミックスアップして、さらにミリタリーやワークの要素も取り入れたら、〈ENGINEERED GARMENTS〉にしか表現できない面白いものを作れるんじゃないかって。
  • 今回のコレクションには“BALANCE AND TUNE”というタイトルが付けられています。その由来についても教えてください。
  • 去年の11月頃だったかな、「ジャズ」をテーマにすると決めた後、ONYXCOLLECTIVEのメンバーと会うために、18年ぶりくらいにグリニッジ・ヴィレッジのヴィレッジ・ヴァンガードに行ったんですよ。そのときにたまたま60代くらいのベースとサックス、30代くらいのピアノというトリオ編成の別のバンドがライブをやっていて、そのひとりだけ若いピアニストが、MCの中で使ったのが“BALANCE AND TUNE”というフレーズだったんです。
  • どういう意味合いで使われた言葉だったのでしょうか?
  • 大先輩でもある他の2人のアドリブをうまくまとめあげるために、若造である自分が演奏中に大切にしているのが“BALANCE AND TUNE”だ、みたいな話で。彼は別にその部分を強調して言ったわけでもないし、話の流れの中でたまたま出てきたくらいの感じの言葉だったんだけど、なぜかそのフレーズだけがすごく耳に残って。洋服を作る上で、自分が一番大切にしていることに似ている気がしたんですよね。それで、「いただきッ!」って(笑)。

「変化」と「不変」

マイルス・デイビスやチェット・ベイカーのスーツスタイルからインスパイアされたセットアップ、音符モチーフのテープを配したブルゾン、トランペットの刺繍が施されたシャツなどなど。クールな佇まいと遊び心が共存したアイテムの数々を前に、改めて聞く。「ジャズ」というテーマを掲げることで生じた変化や、2020年秋冬の気分とは。
  • テーマを設けることで変化した部分はありますか?
  • コレクション全体の話で言えば、しばらくゆったりめだったシルエットを元のフィッテドに戻しました。特に大きく変えたのがジャケット類。ジャズマンの着こなしをイメージして、定番のLoiter JacketやNB Jacketもややタイトなフィットにアレンジしています。
LOITER JACKET - GUNCLUB LOITER JACKET - GUNCLUB
B JACKET - CHALK ST. NB JACKET - CHALK ST.
LAWLENCE JACKET - HB LAWLENCE JACKET - HB
  • ジャケットに関しては、新型のLawrence Jacketが登場したこともトピックのひとつですね。
  • 今回のテーマに合わせて、ボックスシルエットで長めの丈に仕立てたジャケットを新しく作りたかったんです。ディテールの特徴は、ラペルが小さめで、通常よりもボタンスタンスが広めの3つボタン。ただ、それでセンターベントやフックベントだと普通すぎるので、あえてバックスタイルはサイドベンツにしてみました。
HIGHLAND PARKA - FAKE MELTON MADISON PARKA - FAKE MELTON
  • 生地についてもお尋ねします。服作りにおいて、大器さんはずっと天然の素材だけを使ってこられましたが、ここ数年は化繊も柔軟に取り入れられていて、そういった生地の表情とクラシカルなデザインのマッチングが〈ENGINEERED GARMENTS〉の新たな魅力を生み出しているように感じています。生地へのこだわりについて、何かしらの心情的な変化があったのでしょうか?
  • 個人的には昔からファッションは“我慢の美学”だと思っていて、その考え方は今も変わっていません。9月のまだ暑い盛りに平気な顔でツイードのスーツを着ているオヤジとかが、やっぱりカッコ良く見えるんです。なので、服作りにおいても理想としているのは、そういう世界観。とはいえ、着ていて楽な服を求める気持ちも理解できるので、最近は表情や雰囲気が気に入った素材であれば、化繊でも積極的に使っていきたいと思っています。たとえば、今回のコレクションで使ったものだと、フェイクメルトンなんかはすごく良い素材ですね。一見すると本物のウールにしか見えないんだけど、ポリエステル100%なので軽くて、取り扱いもしやすい。
SVR JACKET - FLIGHT SATIN SVR JACKET - FLIGHT SATIN
  • フライトサテンもある時期から継続して使われていますよね。MA-1から始まって、作るアイテムの幅もシーズンを重ねるごとにどんどん広がっています。
  • これだけ長く服作りをしてきても、1シーズン使ったくらいでは、その生地の特性を完全には理解できないんですよ。何シーズンも使って続けみて、同時に自分でも着て経年変化を観察するうちに、ようやくその生地がどういう服を作るのに適しているかがわかってくる。そこが生地選びの面白さでもあり、難しさでもあって。同じ生地を何度も繰り返して使うのは、そういう理由ですね。

これからの〈EG〉、これからの服作り

コロナウイルスのパンデミックによって、わずか数ヶ月のうちに日々の生活様式や生きる上での価値観が大きく変わったという人は少なくない。鈴木大器の場合は、どうだろう。今、考えていること。そして、これからの〈ENGINEERED GARMENTS〉について。
  • 経済活動は再開されたとはいえ、かつての日常がまだ完全には戻っていない状況のなか、
    大器さんの日常の過ごし方もコロナ禍以前とは変わりましたか?。
  • 実は毎日のように海に行って、サーフィンをしているんです。いつもなら夏はNYにいないし、いまだかつてこんなにも海に通う生活をしたことはないですね。いろいろ制約はあるものの、見方によってはとても充実した日々を送っています(笑)。
  • インタビューの冒頭、ロックダウン期間中に来年の2021年春夏シーズンのサンプル作りをされていたというお話がありましたが、工場がストップするという生産面でのアクシデント以外に、次シーズンのコレクションテーマやデザインにもコロナ禍の影響はあったのでしょうか?
  • ありましたね。まず、途中でテーマを完全にひっくり返しました。最初はエスニックとフォークロアをテーマにして、そういう生地を使ったアイテムばっかりのコレクションにするつもりだったんですが、展示会を開いてバイヤーのみなさんに直接生地を見てもらえない今の状況では、そのテーマはベストな選択ではないな、と。それで、すでに大量のサンプル生地を集めていたのに、一旦リセットすることを決めました。
  • その段階でまたゼロからやり直しというのは、〈ENGINEERED GARMENTS〉の型数を考えるとかなり大変ですよね……。
  • でも、そういった想定外の出来事が起きたおかげで、改めて気づけたこともあって。そもそもなぜエスニックやフォークロアを全面に打ち出したコレクションをやろうと思ったかというと、自分自身の興味以上に、常に新しいものを提示しないといけない、マーケットにインパクトを与えないという強迫観念のようのものが頭にあったからで。それってあくまで戦略的な話であって、自分の洋服作りの本質とはかけ離れたものなわけですよ。
  • 無意識のうちに、ビジネス上の成果を優先した考え方になっていたわけですね。
  • そう。でもコロナ禍をきっかけしてそういったことを考えているうちに、極端な話、そんなものは別になくてもいいと思ったし、自分はどういう服が好きで、どういう服を作るのが得意かというスタンスに戻ることにしたんです。その結果、次の2021年春夏は、普段自分がカジュアルに着ている、同じようなアイテムばっかりになりました(笑)。ただ、そういう似たデザインのアイテムを生地やディテールを変えて提案できるのが、うちのブランドのいちばんの強みだと思っているので。そういう意味では、とても“〈ENGINEERED GARMENTS〉らしさ”が出たコレクションに仕上がっていると思います(笑)。楽しみにしてください。