伊丹十三氏の『女たちよ!』の冒頭の文言がたまらない。
以下、抜粋。
寿司屋で勘定を払う時、板の向こうにいる職人に金を渡すものではない。彼らは直接食べ物を扱っているのだから。このことを私は山口瞳さんにならった。
包丁を持つ時には、柄のぎりぎり一杯前を握り、なおかつ人差し指を包丁の峯の上にのせるのが正しい。私はこのことを辻留さんにならった。
そうして、正しく握った包丁で俎に向かう時、躰を斜にかまえて包丁を俎と直角に使う。これが俎に対して、また材料に対しての礼である。このことを私は築地の田村さんにならった。
パイプ煙草に火をつける時、決してガス・ライターを使ってはならない。温度が高過ぎてパイプの壷に罅を生ずることになる。このことを私に教えたのは白洲春正氏であった。パイプにはまた冷たい空気も禁物であるという。オープンにしたスポーツ・カーで疾走しながら口にはパイプー人人の陥りやすい通弊であるという。
物を食べる時、まったく音をたてないことが高雅であるということ、私はこれを石川淳先生の小説から学んだ。
箸を使う時、先を六ミリしか汚さなかった達人が、小笠原家の先祖にいた。このことを私は子母沢寛氏の「味覚極楽」という書物から学んだ。
お刺身を食べるとき、山葵をお醤油の中へといてしまうのはよくない。山葵はお刺身に直接つけるほうが、美味でもあり、経済でもある。このことを教えてくれたのは小林勇氏であった。
レモンを八つに割る場合、縦に割るのは誤りである。レモンというものは蜜柑と同じく、中は袋に分かれているわけだが、縦に割った場合、包丁の入ってない袋が残る可能性がある。これを避けるためにフランス人は、まず横にX型に包丁をいれ、その一つ一つを更に二つに割るという。このことを私は福田蘭童さんにならった。
「シンケンヘーゲル」というジンと「ウンデルベルク」という、木の皮から製した酒を混ぜ合わせて作った「アイゼン・ウント・シュタール」すなわち「鉄と鋼鉄」と呼ばれるカクテル、これを私は長尾源一氏にならった。
女に対しては、力強く、かつ素早く。これを私はすべての女友達から学んだ。
そうして女の肋骨は、男のものより太く丸く短く、かつ、より彎曲している。歯列もまた男のそれよりも、より彎曲している。このことを私は、高校の生物学の教科書、およびすべての女友達から学んだ。
と、いうようなわけで、私は役に立つことをいろいろと知っている。そうしてその役に立つことを普及もしている。がしかし、これらはすべて人から教わったことばかりだ。私自身はーほとんどまったく無内容な、空っぽの容れ物にすぎない。
最近は、つくづく素晴らしき人たちに囲まれて生きていることを実感していて
そんな自分も、愛すべき人たちから多くを教わり、学んでいるんだなあと。
日々精進。
日々感謝。